ウィキメディアとは?/ モビット
[ 789] メインページ - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/
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ウィキペディアはオープンコンテントの百科事典です。基本方針に賛同していただけるなら、誰でも記事を編集したり新しく作成したりできます。詳しくはガイドブックをお読みください。 第四回執筆コンテストを開催いたします。審査員・コメンテーターの募集、記事のエントリーを開始いたしました。審査員・コメンテーターは4月26日まで、記事のエントリーは4月12日まで、それぞれ募集・延長いたします。皆様の奮ってのご参加、宜しくお願いいたします。運営委員の募集を締め切りました。 フランス南部、ミディ=ピレネー地域圏のアリエージュ県、パミエで教師だった父の元に一女五男の末っ子として生まれた。一家にそれまで音楽家になったものはいなかったが、幼い頃から教会のリード・オルガンに触れるうちに天性の楽才を見出される。フォーレはパリの宗教音楽学校だったニーデルメイエール古典宗教音楽学校にて音楽の勉強をし、師であったルイ・ニーデルメイエールの死後、1861年に教師としてやってきたカミーユ・サン=サーンスにピアノと作曲を師事した。… 勧学会とは、平安時代中期・後期に大学寮紀伝道の学生(文章生)と比叡山延暦寺の僧侶が、3月15日あるいは9月15日に比叡山西麓あるいは平安京内外の寺院に集まって『法華経』をテーマとして講義・念仏・作詩を行った法会。元来、日本の大学寮は唐の国子監をモデルとした…… 宮城県仙台市太白区向山4丁目にある愛宕神社は、愛宕信仰にもとづく愛宕神社の一つである。もと米沢にあった愛宕神社が、伊達政宗の移封とともにまず岩出山へ、ついで仙台へ移転した。仙台総鎮守。火防鎮護、辰巳歳生一代守護の利益がある。仙台市都心部からみて南、…… 武力紛争の際の文化財の保護に関する条約は、戦争などの武力紛争の際に文化財を保護するための措置を定めた条約である。1954年ハーグ条約とも表記される。第二次世界大戦では、武力による文化財の破壊行為のみならず、占領国が被占領国の文化財を強制的に買い取るという…… ウィキペディアの運営主体は非営利団体ウィキメディア財団です。ウィキペディアの運営に必要なコンピュータ機器などは、皆様の寄付によって購入されています。ウィキペディアの運営をサポートしたいと思われたならば、どうか寄付をお願いします。寄付はウィキメディア財団の寄付のページで受け付けています。 ウィキペディアは250を超える言語で執筆されています。全ての言語版については統計をご覧ください。以下は特に規模の大きな言語版です。 |
[ 790] ウィキメディア財団 - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%82%AD%E3%83%A1%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E8%B2%A1%E5%9B%A3
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ウィキメディア財団(ウィキメディアざいだん、Wikimedia Foundation Inc.)は、ウィキペディアを運営し、その母体となる団体である。米国フロリダ州法による非営利組織(非営利コーポレーション)であり、ウィキペディアの創立者の一人でもあるジミー・ウェールズによって設立された。財団名称のウィキメディアは英語版ウィキペディアの参加者シェルドン・ランプトンの命名により、ウィキとマルチメディアから造語された。 同財団の目的は、ウィキを用いたオープンコンテントの知的資源を開発するプロジェクトの促進、およびその資源を無料、広告なしで広く公衆に提供することにある。多言語百科事典ウィキペディアの運営に加え、多言語辞書兼シソーラスであるウィクショナリー、警句箴言集のウィキクォート、主に学生向けの電子書籍集であるウィキブックスのサポートなどを行っている。ウィキメディア財団が運営するプロジェクトについては、本項目の#ウィキメディア・プロジェクト欄を参照。 しばしば誤解されることであるが、全プロジェクトに共通の方針や法的措置にかかわる場合を除き、財団は各プロジェクトのコンテンツの内容にかかわる議論や個別の運用方針には関わらない。また各プロジェクトの代表者というものも存在しない。 ウィキメディア財団の最高意志決定機関は、7名からなる理事会である。フロリダ州法の規定により理事は無給である。 2007年7月14日現在の理事会構成メンバーは次の通り[1]: ジミー・ウェールズはしばしば愛称のジンボ・ウェールズの名で言及され、本人もプロジェクト内ではこの名前で活動している。デイヴィスはウェールズの事業上の関係者である。ドゥヴアール・メーラー・ウォルシュ・ブリオスキはコミュニティ代表理事であり、プロジェクト参加者の互選による選挙によって信任された。ドゥヴアールは2004年以来、メーラーとウォルシュは2006年以来、理事職にある。メーラー、ウォルシュ、ブリオスキは2007年の選挙で信任された。デ・フリーデは任命による理事である。前理事ティム・シェルの退任に伴い、就任した[2]。 理事会は、財団とプロジェクトに対する最終的な決定権を持ち、また定款を変える権限をもつ。2006年12月付けで定款が改正された。2006年現在、理事の任期は、任命による理事は1年、ユーザ選出による理事は2年である。2006年より2008年にかけて理事会は漸進的拡大を行っており、この間、任命による理事の任期はかならずしも1年に満たない場合がある。理事の定員は財団創設以来5人とされていたが、2006年に7人に拡大された。2008年7月までに定員を9人に拡大することが予定されているが、任命により2人を増員するか、それとも選挙により新たに理事を加えるかはまだ発表されていない。 ウィキメディア財団は会員資格を持たない。会員制度は2006年以前の定款に記述があるが、実現には到らなかった。この改定以前の定款で「会員よりの選出」とされた理事枠は、「コミュニティ」の投票による理事枠として残された。投票権者の詳細は理事会がこれを定める。2007年の選挙では、一定の編集回数と編集歴によるほか、システム管理者、職員で一定の活動歴をもつもの、および理事に投票権が与えられた。 ウィキメディアを名乗る資格を財団から認められたユーザ団体を、地方支部(local chapter)と呼ぶ。支部という名称であるが、財団の下部組織ではなく、それぞれ独立した組織である。地方支部と財団の法的関係は、必ずしも一様ではなく、個別に契約を締結する。ウィキメディア財団を現地で法的に代表する資格を持つものから、独立な法人格をもち非公式な協力関係にあるものまで、主に現地の法律上の理由にもとづきさまざまな関係が存在する。 ウェブサイト上のコミュニティでもある各プロジェクトと、地方支部の間には法的には関係がない。支部は企業・学校・他の社会団体と現地ユーザとの連携を図ると共に、また独自の資産をもち、財団の活動の支援を行う。支部はそれぞれ独自の会計をもち、支部への寄付はウィキメディア財団の直接の収入とはならない。一方で支部が取得した財産がウィキメディア財団の活動の支援のために利用されることがある。代表的な例として、ドイツ支部からのウィキマニア2005(後述)への寄付、ドイツ支部の保有する計算機資源の提供(toolserver)などがある。 2007年7月現在、現地で法人認可されかつウィキメディア財団から公式に認められた地方支部は八つ存在する。設立順に、ドイツ、フランス、イタリア、ポーランド、セルビア、スイス、オランダ、台湾である。どれもみな非営利団体である。現地で法人認可されたユーザ団体が、ほかにイギリスに存在し、その地位をめぐりウィキメディア財団と協議中である。 既存の支部のほか、インド、ルーマニア、オーストラリア、香港、ノルウェー、カナダおよびアメリカ合衆国ペンシルヴェニア州などで地方支部の設立が具体的に計画されている。イギリスについては、イングランドとは税法の異なるスコットランドを管轄するかどうかが議論の的となり、議論の末、ウェールズとイングランドのみを管轄するUK支部の発足が結論された。 ウィキメディア財団はカリフォルニア州サン・フランシスコ(2008年1月まではフロリダ州セントピータースバーグ)に事務所をもっており、約10名の常勤職員がこの事務所で働いている。またサーバの管理等に数人の契約職員を雇用している。国外にいる職員はフルタイム契約・パートタイム契約を問わず、すべて契約職員である。[3] 職員が最初に雇用されたのは2005年で、この年、3人の職員が雇用された(ブライアン・ヴィバー、ダニー・ウール、サーバ担当の非常勤職員1名)。以後、業容の拡大に伴い、順次職員を採用している。 ウィキペディアを初めとするプロジェクトは、当初ジミー・ウェールズの個人プロジェクトとして開始された。諸プロジェクトのサーバ、ドメイン名およびデータは、ジミー・ウェールズが当時、最高経営責任者であったインターネット会社 Bomis によって所有されてきた。2003年6月にウェールズがウィキメディア財団の設立を発表すると同時に、これらの所有権は財団に寄付された。 財団設立後も、プロジェクトの消費電力やネットワーク費用は、Bomisの寄付によって賄われてきた。非営利団体の設立によって、寄付金や米国連邦政府からの研究資金などを獲得しやすくすることで、これらのプロジェクトの安定した発展が保証されるとの見方が大勢を占めた。財団設立後、2004年から2005年初頭には他の団体からの寄付や助成の申し出があり、2005年3月現在、Bomis の寄付は、プロジェクトの使用する全帯域の2/3に相当する。 当初、財団の定款では理事会の定員は5人とされ、うち2人がユーザ代表であるとされた(2007年現在では定員7名)。しかしほぼ1年間ユーザ代表理事は置かれず、その間、財団のガバナンスのあり方、理事会などについての詳細が関連プロジェクトのメンバーによって議論された。2004年6月、最初のユーザ代表理事が選ばれた。このときの任期は1年であったが、のち2005年にはユーザ代表理事の任期は2年に延長された。 財団の活動をより強化し、また財団運営へのユーザの参加を促すことがしばしば課題として指摘される。これに対し、地方支部理事の財団理事会へのオブザーバーとしての招聘、および各種テクノロジー、法務、広報などの分野にユーザから選ばれた委員をおくなどの措置が2005年に取られた。また2006年には、これら委員が個人で分掌していた仕事をさらに効率的にすすめるべく、ユーザーからなる委員会がいくつかの分野に設置された。 委員会はすべて理事会決議によって設置され、設置と同時に委員長を含む原初構成員が指名される。構成員には、議決権をもつメンバーと議決権をもたないアドバイザーの二種があり、理事、地方支部理事、一般ユーザ、外部のエキスパートなどが構成員となりうる。構成員は理事の指名または委員会メンバーからの推薦および承認によって決定される。 ただしこのような委員職や委員会の設置は、その職にない一般ユーザが自分の裁量で行動することをさまたげるものではない。ユーザの裁量による行動は、サイト上のコンテンツ制作にとどまらず、外部資金の獲得や、企業との提携などにも及んでいる。財団は法的な権利を保持しつつ、ユーザの自主的な活動を積極的に奨励している。したがって、ユーザーはアグレッシブに参加でき、その点においてユーザー主導の立体的な辞典の構築が可能である。ただ、この点については逆にデメリットであるという指摘もあることを見落とすべきではないだろう。 なお、2007年10月9日には、財団の本部をフロリダ州セントピーターズバーグからカリフォルニア州サンフランシスコのテクノロジハブへ移転することが発表された。移転は2008年1月末を予定している。財団は、サンフランシスコへ移転する理由として、アメリカのハイテクの中心地であること、展開しているプロジェクトに関連した優秀な人材やサポートを確保できること、地理的にアジアでの事業パートナー候補との結び付きを深めることができること、などを挙げている[4]。 ウィキメディア財団の事業のなかには、ユーザ同士の交流の促進も含まれる。ウィキメディア財団は、2005年以降、毎年国際会議通称ウィキマニアを開催している。1開催地は次の通り。 2004年ごろから、ユーザ主体によるミーティングが主にヨーロッパで催される中、多言語プロジェクトゆえの国際的な交流の要望が高まり、ウィキメディア財団主催による国際的会議の構想につながった。 ウィキマニアはユーザの交流と同時にウィキメディア・プロジェクト全般に対する研究の促進を目標にしており、外部から優れた招待講演者を招くことにも力をいれている。これまでの招待講演者には、リチャード・ストールマン、ウォード・カニンガム、ローレンス・レッシグ、ブリュースター・カール、伊藤穣一などがいる。 2004年には3つの新規プロジェクトが発足した。画像や音声リソースを扱い各ローカルプロジェクトへ供給するウィキメディア・コモンズ(しばしばコモンズと略称される)、生物種分類を扱うウィキスピーシーズ、ニュース報道を扱うウィキニュースである。 またウィキペディアのコンテンツを使った若年層向けの教育コンテンツウィキジュニアの作成も新規プロジェクトとして進められている。またウィキバーシティもベータ版プロジェクトとして2006年に開始された。 ウィキメディア財団に関する登録・公開文書(登録代理人、役員、年次報告書等)(フロリダ州政府公式、英語) |
[ 791] メインページ - Wikimedia Foundation
[引用サイト] http://wikimediafoundation.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8
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地球上の誰もが自由にアクセスできる、全ての人類の知識の集合を想像してみてください。私たちのプロジェクトは、まさにそれを作ろうとしているのです。それにはあなたのご支援が必要です。本日、寄付をご検討いただければ幸いです。 ウィキメディア財団 (Wikimedia Foundation, Inc.) は米国フロリダ州の非営利団体です。無料で公開されたウィキを利用したプロジェクトにより、多言語でのフリーコンテンツの作成、開発、配布を国際的に行っています。ウィキメディア財団はそうして集めた知識を世界中の人々に無料で提供する事を目標としており、寄付によって運営されています。プロジェクトの中には世界で最も頻繁にアクセスされるサイトの10位以内に入るウィキペディアを含みます。 ウィキメディア財団はあなたのような個人の援助により運営されています。本日、寄付をご検討いただければ幸いです。寄付はハードウェア購入、職員の雇用などに使われます。 理事会は定款が定める財団の最高議決機関です。定款の全文(英文)はこのサイトでご覧いただけます。理事会は各種方針を定め、財団の活動を指導します。 ウィキメディア財団では3名の新スタッフ(最高財務・管理責任者(CFOO)ヴェロニク・ケスラー、事業推進担当クール・タカナオ・ワドゥワ、コミュニケーション担当ジェイ・ウォルシュ)の参画を発表できることを喜ばしく思います。もっと読む(2008年1月29日) ウィキメディアコモンズ「今年の一枚」委員会は2007年度の「今年の一枚」コンテストの結果を発表しました。受賞したのは英語版ウィキペディア投稿者Newton2が撮影した「イングランド・コッツウォルズのブロードウェイ塔」です。投票は2回に分けて行われ、第1ラウンドでは665名が514画像に投票しました。上位28作品が決選投票に進み、919名が投票しました。こうした素晴らしい作品の創造に一役買い、世界がフリーコンテンツを入手できるようにしてくださった投稿者全てにお祝い申し上げます。 もっと見る(2008年1月27日) 本日公表されたケープタウンオープンエデュケーション宣言は、収入や地理に関係なくすべての人々にオンラインで得られる教育材料を用意しようというダイナミックな活動の一部です。この宣言は、国際的な協調した財団、教育者、インターネットパイオニアが支持しています。もっと読む(2008年1月22日) ウィキメディア財団とKaltura、ウィキエデュケーターは、協同作業の可能な動画その他豊富なメディア形式を作ることのできるベータ・プログラムを発表しました。このプロジェクトではウィキペディア記事が文章や画像同様に協同作業により作成された動画、オーディオ、アニメーション、スライドショーを含んだものとすることをいつの日か実現する新機能の試験に利用者の協力を期待しています。もっと読む(2008年1月17日) シュテルン誌が行った分析によると、ドイツ語版ウィキペディアがドイツの商業百科事典ブロックハウスを上回りました。WIND調査所に委託して行ったドイツで広く出版されている出版物の調査で、50項目について、ドイツ語版ウィキペディアと15巻版のブロックハウスオンライン百科事典の記載を比較しました。1を最高、6を最低として、ブロックハウスの平均が、2.7だったのに対して、ウィキペディアの平均は、1.7でした。 もっと読む(2007年12月6日) ウィキメディア財団はきょうスー・ガードナーを事務長に任命し、本日就任したと発表しました。ガードナーは2007年7月から財団で働き、理事会に対し様々な助言を行いました。ウィキメディアに勤める前は、ガードナーはカナダの全国公共放送のウェブサイトで、国内最大で最も人気のあるニュースサイトCBC.CAの責任者でした。 もっと読む ウィキメディア財団はエジプトのアレクサンドリアにおいて2008年のウィキマニアを行うと発表しました。ウィキマニアは来年夏に行われます。もっと読むまたは 公式サイトをご覧ください(2007年10月31日) ウィキメディア財団はフリーでオープンコンテントな多言語プロジェクトを運営しています。詳しくは ウィキメディア財団のプロジェクト をご覧ください。 |
[ 792] ウィキメディア財団について - Wikimedia Foundation
[引用サイト] http://wikimediafoundation.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%82%AD%E3%83%A1%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E8%B2%A1%E5%9B%A3
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世界中の人びとが、パブリックドメイン、もしくは自由なコンテンツのライセンスの下で、教育のためのコンテンツを蒐集・発展させる活動の促進、また生み出されたコンテンツを効果的かつ全世界に広めることが、財団の使命です。 この使命を果たすべく、国別協会のネットワークと協同して、多言語展開するウィキ・プロジェクトやその他の努力の支援・発展のための根本的基盤と組織化された枠組みとを、財団は提供します。また、インターネット上で利用可能なわれわれのプロジェクトのもつ有用な情報を、恒久的に、無料で提供します。 ウィキメディアは、アメリカ合衆国フロリダ州法にもとづいて法人化されている非営利の慈善団体です。監査が終了し、慈善団体紹介サイトガイドスターおよびその提携サイトでウィキメディア財団は慈善団体として掲載されるようになりました。ウィキメディア財団はアメリカ合衆国の連邦内国歳入法501条c項3号に定める減免団体です。 ウィキメディア財団の設立は、2003年6月20日に、ウィキペディア創設者ジミー・ウェールズにより公式発表されました。ウィキメディア財団附属定款をインターネット上でご覧いただけます。 ウィキメディア財団は、世界中で訪問者数のもっとも多い10のウェブサイトの一つにあげられる、著名なオンラインの百科事典であるウィキペディアを維持しています。2001年1月の創立、また2003年6月のウィキメディア財団設置からの成長は驚異的なものでした。われわれが最初にはじめたプロジェクトである英語版ウィキペディアは、財団設立当時の13万5000項目から、現在180万項目にまで拡大しました。ウィキペディアは他に8言語版で25万を超える項目数を誇っています。 そして、ウィキメディア財団はウィキペディア以外にもいくつかのプロジェクトをも運営しています。そのなかには、自由な画像やその他のメディアの集積所であるウィキメディア・コモンズがあります。コモンズでは2006年11月に画像の数が100万を越えました。自由な辞書であるウィクショナリーは、8言語版の辞書において5万を越える項目をもち、うち3言語版の辞書が15万項目を超えています。原典アーカイブのウィキソースは、15万近いページをもっていますし、ウィキクォート(引用句集)、ウィキブックス(共同執筆による教科書)、ウィキニュース(市民ニュース)、そしてウィキバーシティ(カリキュラム開発)は、いずれも順調に発展をつづけています。 ウィキメディアの理事会はNPOである財団を運営し、寄付の募集と支出を監理しています。理事会はウィキメディア財団の最高議決機関です(ウィキメディア財団規約第4条第1項)。理事会は財団の活動を指導する権限を持ちます。 財団事務所はカリフォルニア州(アメリカ合衆国)に1つだけあり、少人数の職員が勤務しています。全理事、ほかの職員は、「在宅勤務」です。職員は16人ですが(2008年2月)、これには理事からコンテンツ校正者まで含めた多くのボランティアは入っていません。 2006年末、大掛かりな組織変更が行われ、3ヶ月で全部で4人の理事が改まり、理事長が交代し、顧問委員会を創設し、規約の改定などを行いました。 2004年1月、ジミー・ウェールズはティム・シェルとマイケル・デイヴィスをウィキメディア財団の理事に任命し、その後、ユーザー代表の立候補を呼びかけました[1]。2004年6月、2人のユーザー代表を理事に選出する選挙が行われました。1月の選挙運動期間と2週間のオンラインの投票により、アンジェラ・ビーズリーとフロランス・ニバル=ドゥヴォアールが理事会のメンバーとして選出されました。2人は翌2005年6月に再選されました。 2006年7月、アンジェラ・ビーズリーは辞任を表明し、2006年9月、エリック・メラーが後任に選出されました。2006年12月、ウィキメディア財団は新たにキャット・ウォルシュとオスカル・ファン・ディレンの二人の理事を迎えました。ティム・シェルは辞任し、ヤン=バート・デ・フレーデが後任理事になりました。2007年7月、メラー、ウォルシュ、ファン・ディレンの任期切れに伴い選挙がおこなわれ、メラーとウォルシュは留任しましたが、ファン・ディレンは、フリーダ・ブリオスキと交替しました。2007年12月、エリック・メラーとマイケル・デイヴィスは理事会を離れました。2008年2月、マイケル・スノウとドマス・ミツザスが理事に任命されました。 ウィキメディア財団はウィキメディアのサーバ、ウィキメディア・プロジェクトすべてのドメイン名とプロジェクト名の商標、また MediaWiki の商標を所有しています。財団はプロジェクトを機能させるための費用をほぼすべて負担しています。プロジェクトの投稿者は、自身の著作物について著作権を維持する代りに、永久にだれもがどんな目的にも使うことを許可する自由なライセンス(多くの場合GNU フリー文書利用許諾契約書(参考日本語訳)のもとにリリースしなければなりません。このフリーコンテントの原則によって、われわれは永遠にこれらの投稿内容が人類の手から失われないことを確実にします。 財団はまた、さらなるプロジェクトの発展、人びとの連携、他の団体との共同でのプロモーションなどにおいて、大いなる革新を続けています。すなわち、われわれのプロジェクトにはそれぞれ異なった技術的要件があり、ソフトウェア開発者たちによる小さいながら有能なチームが対処しています。2007年は品質の保証がもっとも重視されました。たとえば、ウィキペディアの項目などの内容で、信用しうる版を選び出すメカニズムなどの開発がなされました。 財団の努力を確実に実らせるためには世界中の組織や企業との連携が欠かせません。われわれの財政計画にはそのような戦略的な連携、また、ますます成長するさまざまな国における国別協会ネットワークの調整のため資金が含まれています。 ウィキメディア財団の支出の大部分はわれわれのプログラムの維持にあります。ウェブサイトを維持するためのハードウェアと帯域の費用捻出が第一です。 この増加の原因は帯域が大きくなったことにあります。2006年末、Comscoreのユニーク・ビジター数によるランキングで、「ウィキペディア・サイト群」は世界で6番目のサイトとして掲載されました (*)。われわれの中心的存在、ウィキペディアへは、1分間につき28万回のアクセスがあります。WMFは、安定したシステム運営のために必要な資本および運営上の責任について配慮しています。2007年には、この費用だけでも250万ドルに達する見込みです。 ドメイン登録および商標もまたウィキメディアの支出の一部を占めます。財団はすでに利用中のドメイン名、また派生的な、あるいはほんの少しだけ関係のあるドメイン名をいくつか所有していますが、未取得のものや、すでに取得されてしまっているものもあります。 事務所の職員が増えたため運営費も増加しました。総体的に見て、収入の大部分がインターネットを通じた寄付に依存しているため、寄付募集に係る費用は低く抑えられています。ウィキメディア財団は、ダイレクトメールを使った広告キャンペーンは行っていません。ウィキメディア財団の活動はインターネット上でなされ、そのおなじバーチャル空間でコミュニケーションを行い、また、寄付をお願いしているという感覚があります。現在まで、これでうまくやってきています。 2007年7月の時点で、ウィキメディアの資金は基本的に個人からの寄付によるものですが、無償援助やサーバ、ホストの提供もありました(援助についてを御覧ください)。 ウィキメディア財団は世界中で50を越える国々からの寄付を受け取ってきました。WMFへの援助の寄付の多くは英語圏(アメリカ合衆国、イギリス、カナダ、オーストラリア)より寄せられています。匿名の方々よりの寄付が半数を超えました。個々の寄付はあまり高額でないとしても、その数の膨大さによって私たちの成功の裏づけとなりました。 ウィキメディア財団は、さらなる交付金やスポンサー提携、ウィキリーダーズ(教科書やウィキペディアの項目のPDFバージョン)の販売などのさらなる利益の確保によって、収入を増加させることを目指しています。また、ウィキペディア1.0プロジェクトなどの、ウィキペディアの内容から再編した印刷版の出版計画も議論されています。 ウィキメディア財団はフリーコンテントの発展と増進を目的とするフロリダ州NPO法人です。2004年、ジミー・ウェールズとアンジェラ・ビーズリーが、ウィキメディアのプロジェクトと同じようなモデルを使ってウィキメディアのプロジェクトのどれにも向かないようなコンテンツのためのウィキをたくさん設けようと、ウィキア (Wikia, Inc.) を設立しました。ウィキアの創設者は、たしかにその当時の3人の財団理事、ジミー・ウェールズとアンジェラ・ビーズリーとマイケル・デイヴィスです。が、Wikia はウィキメディア財団とは完全に別の組織です。 ウィキアのサイト群はウィキペディアに似ているといえるかもしれません。どちらとも、だれもが編集できるフリーコンテントがその基礎です。まったく異なる見方もあります。より細に入った内容、ファンガイド特集、旅行案内、ウィキの手引き、そして、ウィキペディアの有名なパロディであるアンサイクロペディアといったものがウィキアの内容です。寄付を資金とするウィキペディアと異なり、ウィキアは投資家や広告収入を資金源とします。 ウィキメディアとウィキアは健全な関係にあり、また、片方に関わる人がもう片方でも盛んに活動しているのは珍しくないことです。しかし両者は、異なるビジネス・モデルを持つ別々の組織です。 ウィキアとウィキメディアの関係については、ウィキアはウィキペディアやウィキメディア財団の商業版ではありませんを御覧ください。 |
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